私は天使なんかじゃない







狂信





  無信心な者には、敬虔なる信者の行動は理解し難いものだ。
  時にそれは狂信に映ることもあるだろう。

  そのように映るのはただ理解が足りないのか、それとも本当に相手が狂っているのか。





  メガトン。
  まだ日は高いがどこか冷え冷えとしたものを俺は感じていた。
  妙な展開が多すぎる。
  今回は爆破テロと来たもんだ。
  どうなっちまうんだ、メガトンはよ。
  俺は市長と共にチルドレン・アトムと呼ばれる宗教団体の人間に会うべくメガトンの街を進む。その信者は街の一階層に住んでいるらしい。
  アトム教の大半は聖なる光修道院に吸収されてしまってはいるものの、わずかにだけどまだ居残っているようだ。
  「マジかよ」
  「ああ」
  俺は余所者だ。
  アトム教らついては何も知らない。少なくとも俺が這い出してきた時には既にご神体とも言うべき核爆弾は優等生によって無力化されており、その影響で同団体は自然消滅状態だったらしい。
  正確にはその時点でも存在していたものの、今までの権威は消滅。
  核爆弾そのものは俺もあったのは知ってたが、まさかそんなものをご神体としてたとは恐れ入ったぜ。
  外の連中は半端ないな(汗)
  で、エンクレイブのごたごたの後に聖なる光修道院が出来上がって、アトム教は廃れたらしい。
  「聖なる光修道院もそんなノリなのか?」
  「らしいな」
  「らしい?」
  随分と曖昧な表現だ。
  「連中はメガトンの外にいるからな。スプリングベールの廃墟に修道院を構えている。街の外に関しては俺の力も及ばない。交流、という名目で一度訪ねたが……何とも言えんな。内部情報は
  完全に未知だ。交流という名目では限度があるし、内偵するにも長期の修業が終了しないと修道院から出られないらしい。万が一もある。送り込むのは、得策ではなかった」
  「まあ、そうだな」
  結局のところ乗り込むしかないのかねぇ。
  何気に問題山積みだな。
  水の横流し先としては有力だ。というか確定だ。
  「なあ、あいつら水をそんなに欲しがって何するつもりなんだろうな」
  「謎だな」
  しばらく沈黙。
  俺は考えてから、それを口にした。
  「メガトンの浄水施設を爆破して、水の断たれたこの街にグール化の水を送りつけるつもりだったのか?」
  「可能性としてはあるのだろうが……何とも言えん。結局何のアクションもなかったしな」
  「仮にそうだとして、何のメリットがあるんだよ、あいつらに?」
  意味不明すぎる。
  そもそもあいつらの教義が分からない。
  前身の団体にしてもだ。
  そこに答えがあるような気がする。
  「アトムって何なんだ?」
  「アトムとは核爆弾のことだ。アトムの光を連中は至高としている。つまりは放射能だな。放射能を浴び、放射能の中で生きれる姿になる、それが目的だ」
  「はあ?」
  発想がぶっ飛び過ぎだぜ。
  つまりは……。
  「グールになるのが目的なのか?」
  「そうだ。正確には、放射能の満ちた世界で、グールとして生き残るのが目的だ。連中にとって核爆発した世界こそが楽園らしい」
  「……それレギュレーター案件じゃなかったのかよ……」
  「妄想して楽しんでいただけだからな。こちらもそれだけでは手が出せなかった。もちろん注意は怠ってなかったよ。聖なる光修道院の、聖なる光とやらも同類項なんだろうな」
  「マジか」
  聖なる光=放射能ってわけか?
  マジ物騒過ぎるだろ。
  「だけど倉庫にごろごろ転がってたってボルト至上主義者のおっさんは言ってたぜ? 警備ずさんだよな。まさか盗ませてグール量産するのが目的なのか? だとしたら計画穴だらけだな」
  「俺に聞くな。知らん」
  「だよな」
  「しかし……」
  「うん?」
  「しかし、意味などないのかもしれんな」
  「はあ?」
  「いや、この間の要塞での会談でDr.マジソン・リーが言ってたんだよ。この一連の流れに意味なんてないのかもってな。もちろんあの時点では、メガトンの爆破事件はなかったわけだが」
  「つまり全部は意味のない無差別テロってことか? 出来過ぎてないか、それ?」
  「全部が全て同時に、偶然連鎖的に起きているとは思ってない。さすがにそれは出来過ぎている。しかしだ、始めた者がいるにしても、後はここに動いているだけなのかもしれない」
  「首謀者が動いたら、連動するようにどいつもこいつも連鎖的に事件が起こしているってことか?」
  「かもしれん」
  「面倒だな」
  「まったくだ。だから一つ一つ解決していくしかあるまい」
  「それで爆破に関してはどういう見解なんだ?」
  「そうだな。……とりあえずノーヴィスというグールを捕まえるしかあるまい。ブッチ、神父はよく酒場に来ていたんだろう? 何か言ってなかったか?」
  「確か爆破の前に昔の弟子が遊びに来たから家で飲むとか何とか。そしたら夜中に浄水施設の爆破だ。神父を疑ってるのか? 市長的にはどんな感じなんだ?」
  「何とも言えんな。神父の家を調査しようにも粉々だ。瓦礫の山だ。遺体にしても証拠にしても出てこないだろう」
  「じゃあ神父はそのグールに殺されてる可能性もあるわけか」
  「常識的に考えたらそうなるな。そのグールが元弟子というカテゴリーならば、今は聖なる光修道院のメンバーという可能性もある。状況証拠だけでいささか頭が痛いが、なぁに、こっちで
  どんどん動いて証拠を押さえればいいさ。間違えてたら謝れば済む話だしな」
  「……そ、そうか?」
  「ははは」
  市長は笑った。
  ジョークのつもりなのか、レギュレーター的な流儀なのかは知らんが……。
  ともかく。
  ともかく色々な視点で展開を見た方がいいようだ。
  「ここだ」
  メガトンの街の、奥の方にその家はあった。一階層目に立つ家。
  何の変哲もない普通の家。
  二階建て。
  「ここが神父の宗教を信じてる奴の家?」
  「マザー・マヤ。神父の元奥さんだ」
  「マジかよ。お悔やみとか何か言った方がいいのか?」
  そういうの苦手なんだよなぁ。
  もちろん、得意、というのもおかしいか。
  市長は首を振った。
  横に、だ。
  「何でよ?」
  「何というか険悪だったんだよ、別れ方が。神父は核爆弾が解体されて没落した、トドメにエンクレイプが核爆弾を持ち去った。神父を彼女が罵倒してな、あの時止めなければこんなことには、
  ってな。チルドレン・アトムを実質奪い取る形で別れたんだよ。信者も神父を能無し扱いして去って行った。まあ、信者と言っても数名しか残ってないが」
  「神父ってかなり可哀そうだったんだな」
  「ああ」
  じゃあ元弟子が飲みに来て嬉しかったんだろうなぁ。
  もっと酒場で愛想よくしとけば良かった。
  それにしても……。
  「気になる言葉だよな、止めなければって……一体どういうことだ?」
  「武装蜂起して核を奪うつもりだったのかもな」
  「おいおい」
  「むしろ好都合ではあったよ。いつでも鎮圧できる体制にあった。拝んでいるだけではさすがに動けなかったが、アクションさえあれば……な?」
  「レギュレーターって物騒だな」
  「勘違いするな。暴れようとしていたのは向こうだよ。別に煽ってはない、ただ、暴れるのを待ってただけだ」
  「……充分物騒だぜ」
  「そうか? まあ、ミスティが解体してくれて助かった、というのは本音だ。無力化したものを拝む分には平和的だからな」
  「だけど神父は元々いた教団も乗っ取られて捨てられたんなら、ノーヴィスって奴はチルドレン・アトムの方なのかも知れなくないか? 聖なる光修道院も十分危ないけどよ」
  「憶測話はお終いだ。マザー・マヤに表敬訪問するとする」

  ドンドン。

  市長は扉を叩く。
  「ルーカス・シムズだ。マザー・マヤ、少しお時間よろしいか? 話がある。……ブッチ、交渉は俺がする。お前は何も言うな。ただ、万が一もあるから、その時は頼む」
  「了解」
  爆破事件が誰の画策か分からないからな。
  注意は必要だ。
  いつでも銃を撃てる態勢にいなければ。
  爆破事件がチルドレン・アトムの陰謀なのか、聖なる光修道院の陰謀なのか、それとも全く関係ないのか、それが判明するまでは気が抜けないぜ。
  ……。
  ……もっとも、判明したらしたで気が抜けないんだがな。
  優等生ってタフだったんだなぁ。
  俺なんてイベント1つできりきり舞いだぜ。
  しばらくしてからガチャっと扉が開く。
  「これは市長、何か?」
  老女がそこにいた。
  薄汚れた法衣を纏っている。俺を一瞥し、市長を見た。
  「実は浄水場爆破について疑問点が出て来た。証人がいたんだ、爆破を見ていた。犯人が言っていたそうだ、神父の爆弾の管理はなってないと」
  「込み入った話のようですね、お入りください」
  「失礼する」
  市長に続いて入ろうとするとマザー・マヤに止められる。
  俺駄目?
  「彼も関係者だ」
  「そうですか? では、どうぞ」
  どうもと言ってから俺は入る。
  通されたのは居間。
  乱雑に散らかっている。
  しかし壁際には棚があり、そこは整理整頓されていて綺麗だ。まあ、それはいい。問題は棚の上にある物体があるということだ。
  ミニ・ニューク。
  小型の核爆弾だ。
  実際の爆発は見たことないが、前に聞いたところによれば歩兵が携帯出来る最大級の火力らしい。威力は放射能を撒き散らすという迷惑な追加効果があるものの、家を一軒消し飛ばす
  程度の威力のようだ。確かに脅威ではあるが、核爆弾っ!というほどの威力ではない。
  全面核戦争で世界の技術力は退化したが逆に体内にしろ周辺にしろ放射能除去に関しては戦前以上らしいので、ミニ・ニュークの爆発以外の追加効果もさほど怖くはないのが減じようだ。
  まあ、純粋な爆発力は怖いけどな。
  人間なんか一瞬でドカーンだ。
  俺の視線に気付いたのだろう、マザー・マヤは誇らしそうに笑った。
  「我々のご神体です」
  「マザー・マヤ、用件だけを言いたい。爆弾のことだ。神父は爆弾を隠匿していた。爆破犯はそこから調達した、と見られる。何か心当たりはないか?」
  「ええ、その通りです、市長の目が光っているのに浄水施設を爆破できるだけの爆薬を集めるのは難儀なこと。おそらく彼が保管していた爆弾を使ったのではないかと思われます」
  「保管?」
  「10年前ですが我々はご神体をお守りするべく武器を集めました。アトムのお力を解放するために爆弾もたくさん。贖罪神父はそれを止めたのです、信仰とは強制するものではないと」
  「それで爆弾はそのまま神父が保管を?」
  「そのはずです。使わないにしても手元に留めるしかないですからね。人目に付けばよからぬ疑念を生じさせるだけですし。爆弾の話をするということは、我々をお疑いで?」
  「可能性を考慮しているだけだ、他意はない」
  それは嘘だろ。
  「先ほどから爆発音がしておりますが、まさか……?」
  「そのまさかだ。神父はどうも爆弾の管理がなっていなかったようだ。家ごと吹き飛んだ」
  デリカシーなさすぎだろ、その言い方。
  仮にも元奥さんだぞ。
  「おやおや。あの人らしい。ともかくこれでアトムの御側に行けたのであれば、あの人も満足でしょう。……アトムよ、その偉大なる光で世界に安らぎと平和を」
  あらぬ方を見ながら何かのお祈り。
  偉大なる光って放射能ってことだよな、駄目だろ、そのお祈り。
  な、なんだ、こいつ?
  完全にプッツンしてるばーさんじゃんっ!
  俺の胡散臭そうに見る目にむっとしたのか、マザー・マヤは早口で言った。
  「市長、他に話がないのであればここらで切り上げてほしいのですが」
  「ああ。分かった。ではな」
  「外までお送りします」
  追い出すとも言う。
  俺たちを外に追い立て、プッツンばーさんは一礼して扉を閉めた。鍵のかかる音もする。
  やれやれ。
  「で、どうするんだ?」
  「帰るさ」
  「はあ?」
  「もしも何か企んでいるのがチルドレン・アトムならこれで何かの動きがあるだろう」
  「ああ、そういうことか」
  話そのものには意味がないらしい。
  ……。
  ……いや、違うか。
  向こうが本音で話すとはそもそも市長は考えていなかったようだ。話の内容に意味はないが、聞き込みをすることで相手が動くように仕向けているらしい。
  手の込んだことをするぜ、まったく。
  俺たちは歩き出す。
  帰路。
  「だけど市長、あいつら10年前にテロしようとしてたんじゃねぇか、神父が止めなかったらよ。それで神父に遺恨を抱いていたのか? あの時蜂起してたら核が護れたってことで爆殺したのか?」
  「そう見れる節が確かにあったな。ただ、10年前か、その時期は俺はまだここにはいなかったしどうしようもなかったな。レギュレーターは把握していたのだろうか」
  「へぇ? まだここに住んでなかったのか」
  「ああ。確かソノラもレギュレーターではなかったと記憶している。彼女が統括する立場になったのはここ数年だ」
  「そんなに古い組織なのかい?」
  「実はよく分からん」
  「はあ?」
  「1人の男が立ち上げた……いや、その男は1人で悪と戦い続けた。賛同する者たちが集い、次第にレギュレーターという組織となった。その男の素性は今も分からん、いなくなったからだ」
  「へぇ」
  「我々はその男をミステリアス・ストレンジャーと呼んでいる。44マグナムを標準装備しているのも、その人物にあやかって、らしい。俺はその男を見たことないがな」
  「格好良いな、今もどこかで悪党退治しながら旅しているのかもな」
  「ははは。だとしたらロマンがある話だ」
  俺たち歩く。
  特に何のアクションもない、少なくとも、付けられてはいないようだ。
  チルドレン・アトムはハズレか?
  かもな。
  それか今対策を練っているのかもしれない。
  ……。
  ……やれやれ。
  用心棒の仕事を放棄してDr.リーの謝罪を受けに行ったら、このざまだ。市長の付き合いに関しては別にいいんだが、厄介ごとはごめんだぜ、何だって厄介ばっかり起きるんだろうな。
  スプリング・ジャックたちはどの程度飲み食いしたのかも気になる。
  俺の給料がー(泣)
  街の中央まで戻ってきた。まだまだ遠目だが、メガトンのでっかい扉も目に飛び込んでくる。大きな門の上には監視台があり、保安官助手が常に2人詰めている。
  今日は、多いな。
  5名詰めてる。
  何かあったのかな?
  いつもならこの辺りの人通りが多いのだが今日は少ない。
  爆発事件があったから引き籠っているようだ。
  ここらで市長と別れるとするか。
  酒場に戻らんと。

  「あんたがブッチ・デロリア? ……ちっ、ここじゃ俺がオンリーワンなイカした格好だと思えば、ザ・キングス擬きがいるとはな」

  「何だお前ら?」
  立ち塞がったのが2人いる。
  口を開いているのは金髪リーゼントに革ジャン、ジーパンの男。というか青年。俺より少し年齢上か。腰にはオートマチックピストルが二丁。被ってるな、俺と。
  もう1人はガスマスクにボディアーマー、いや、バイクスーツか。それを着た奴。性別不明。手に何かのノズルを持っている、それが背中に背負った2基のボンベに繋がっている。
  火炎放射器?
  いや。
  噴出孔の形から察するとガスか。
  何のガスかは聞きたくないところだ。噴出孔をこちらに向けている。
  一瞬メトロの奴かと思ったが別だろう、少なくとも恰好は軽装だ。メトロの連中はがちがちに防御力で体を固めてるからな。
  「誰だてめぇら?」
  「俺はガンスリンガー、こっちはマッドガッサー、ストレンジャーの者さ」
  「ストレンジャー?」
  何だそれ?
  市長が低く呟いた。
  「西海岸の傭兵集団か。キャピタル残留の支隊、というわけではなさそうだな」
  「へぇへぇ? 俺らを知ってる奴らって基本こっちにはいないと思ってたけど、あんたは知ってた、つまりただ者じゃないってわけだ。あんたも連れてく。回れ右して進め」
  「馬鹿かてめぇら、俺たちがそんなのに従う……」
  「ご勝手に。だが逆らった瞬間にマッドガッサーの甘くて頭痛のするガスの洗礼を受けるだけだ。死にはしない、麻痺するだけだ、結局あんたらは運ばれるって寸法だ」
  そこまで言ってからガンスリンガーが肩を竦めた。
  名前ってわけではなさそうだ。
  コードネーム的な感じだろうか。
  「麻痺させたら俺たちが運ぶ手間が増える、そいつを省いてもらったら嬉しいんだがね」





  その頃。
  マザー・マヤの家。
  一見すると彼女は1人暮らしだが空き部屋に、主に二階に、5名の信者が寝起きしている。チルドレン・アトムの信者たち。
  かつて同教団は100名以上の信者がいた。
  それが今では没落し残っているのは初期からのメンバーだけだ。
  没落の原因、最大のものがご神体であった核を失ったこと。そしてその後クロムウェル贖罪神父からマザー・マヤが強引に教団の運営権をもぎ取り、神父を放逐したことで加速
  度的に力を失い、ほぼ大半がマザー・マーキュリー3世かせ新たに立ち上げた聖なる光修道院に流れて行った。
  マザー・マヤと信者たちはミニ・ニュークに祈りを続けている。
  熱心に。
  一心不乱に。
  その時、2階から降りて来た者がマザー・マヤに声を掛けた。
  「マザー・マヤ、そろそろよろしいか?」
  「ノーヴィス」
  グールだった。
  浄水施設爆破犯。
  実はずっと彼をマザー・マヤは匿っていた、そして浄水施設爆破もチルドレン・アトムが行っていた。
  「あなたの献身には感謝します」
  「アトムの為です、マザー・マヤ」
  「それで、用意はできたのですか?」
  「メガトンを浄化するときが来ました。アトムの精霊たちの報いを不信心者たちは受けることになるでしょう」
  「殉教者であるあなたにアトムのご加護を」
  マザー・マヤと信者たちは恭しく頭を下げた。
  ミニ・ニュークを彼に捧げながら。





  メガトン。
  回れ右して俺たちは再び街の奥に進んでいる。
  アトム教団に聞くことが出来た?
  違う。
  連中に用はない。
  俺たちを追い立てるように2人が付いてくるからだ。もちろん、実際に追い立てているのだが。何でもマンホールの一つから俺たちを外に連れ出したいらしい。メガトンのマンホールは
  現在ドラウグール対策ですべて封鎖されている。非常時には街の外に逃げる為に、全て外と通じてるからだ。
  その一つをこいつらが開放したらしい。
  何故?
  俺たちを誘拐するためにだ。
  正確には市長はついで、みたいだが。
  「何だって俺に用があるんだよ」
  「黙って進め」
  武器はこちらに向けられていない。
  まあ、さすがにあからさまに威嚇したらさすがに誰か気付くわけだしな。とはいえ抵抗しようものなら撃たれかねない。
  どの時点で反撃するか、だ。
  市長は何も言わずに進んでいる。しかし前を向きながらも目はしきりに後ろの連中の動向を探るようにきょろきょろと動いていた。市長が動けば俺も連動して動く、生き残るにはそれしかない。
  幸い俺たちの武器はそのままだ。
  俺は2丁の9ミリピストル、市長は44マグナム。
  傍から見たら散歩しているように見えるのかもだが、実際は既に戦っているようなものだ。
  「外に行ってどうするんだ?」
  「黙って進め」
  「そっちの勝ちだろ、俺らを意のままにしている、だろ? 誘拐される理由ぐらい教えてほしいぜ。……体目当てじゃないんだよな?」
  「……気色悪いこと言うな。お前の抹殺を依頼されてるんだよ。それでいいか?」
  「ふぅん」
  俺の抹殺、ね。
  つまりはボルト至上主義者どもか。
  アランとワリーの愉快な仲間たちに頼まれたと見るべきか。もしくはジェリコか、まあ、そんなところだろ。
  挑発してみるか。
  優等生みたく。
  「ストレンジャーって傭兵団は知らなかったけど、要は餓鬼の使いってわけか」
  「そこまでだ。これ以上喋ると撃つ。ここで殺すとお楽しみが減るから連れて行くだけだ。ここで撃ったっていいんだぜ?」
  市長が歩きながら俺を横目で見る。
  黙っとけってことか。
  優等生みたく挑発するのってなかなか難しいようだ。
  今のところ喋っているのはガンスリンガーだけでマッドガッサーは何も喋っていない。ライダースーツから見ると体型は男のようだ。
  しばらく沈黙。
  喋らない方が得策のようだ。
  だがこのまま進むのもあれだな、流れ的に外に仲間いるだろ、これは。
  何とかしないと。
  何とか……。
  不意に市長が止まった。
  俺もつられて止まる。後ろの2人も。ガンスリンガーが忌々しそうに言った。
  「何してやがる、進めよ」
  「……」
  「おい、おっさんっ!」
  「よおノーヴィス、お前の悪事はお見通しだぞ。観念しろ」
  はあ?
  俺たちの進むべき方向にグールがいた。腰には10oサブマシンガン。手には布で巻かれた物体を持っている。
  ノーヴィス?
  こいつが爆破犯人か?
  向こうもこちらを見たままで止まっている。見つめ合う。市長はこの状況を利用して危機を脱しようとしているのだろう、だからこその発言だ。もちろんここで片付ければ一石二鳥だ。
  瞬間、そいつは腰のサブマシンガンを手に取った。

  バリバリバリ。

  連射される弾丸。
  咄嗟に俺たちはその場に伏せた。
  「な、何だこいつはっ!」
  ガンスリンガーは身を捻りながら銃を引き抜き、引き金を引く。マッドガッサーはその場に転がった。撃たれた、というわけではなく回避したってわけだ。ちっ、当たればいいのに。
  ノーヴィスは反撃を肩に受けてよろけるものの銃を乱射しながら路地に消えた。
  ヒロインのように震えていただけではない俺たちはとっくに反撃の態勢に移っていた。
  ストレンジャー目掛けて銃を撃つ。
  舌打ち1つしてガンスリンガーは後ろにステップしながら後退していく、マッドガッサーはこちらに向けてガスを噴射した。
  浴びても嗅いでも面倒そうだ、俺たちもその場を退く。
  互いに物陰に隠れながら出方を伺う。
  さてさて、どうしたもんか。
  「市長、どうする?」
  「ストレンジャー本隊が現地入りしてたのは知っていたがわざわざ出向いてくれるとはな。レギュレーターとして処理する」
  「分かり易い対策だぜ。じゃあ、行くぜ?」
  「よしっ!」
  銃を構えながら飛び出そうとした。
  その時……。

  
ドカアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  大気が震えた。
  耳がいてぇっ!
  俺たちとほぼ同時に物陰がら飛び出して攻撃に移ろうとしていたガンスリンガーとマッドガッサーも突然の爆発と振動に驚き、次に訪れた衝撃波にひっくり返った。
  何なんだよ、一体っ!
  聴覚が戻ってくる。
  悲鳴と怒声、そして銃撃音が鳴り響いている。
  「ガンスリンガー、あいつら……」
  「あいつら?」
  俺たちは戦いを忘れた、ストレンジャーもだ。初めて声を発したマッドガッサーは指差す。門の方をだ。そこには3人組がいた。メトロの連中だ。そいつらは背を向けて銃を撃っている。
  ドラウグールの群れっ!
  じゃ、じゃあ、あの爆発は門が吹き飛んだからか?
  一瞬スレトンジャーが開放したマンホールから来たのかと思ったが、それなら街の奥から出てくるはずだ。
  爆発、そして門の方からの進撃、門が吹き飛んだのか。
  ……。
  ……ノーヴィスって奴は何か持ってた。布で巻かれた何かを。
  爆弾か?
  だけどあんなサイズでここまで爆発するか?
  「ミニ・ニューク」
  導き出した答えはそれだった。
  今までの犯行は全てアトム教団か、やはりっ!

  「アータームー」
  「アータームー」
  「アータームー」

  ドラウグール達は叫びながら街の中を蹂躙し始める。
  アータームー、もしかしてアトムって言っているのか、だとしたら、やはりチルドレン・アトムか?
  少なくとも符号は合い過ぎてる。
  ミニ・ニュークの出所は分からないが、普通に考えたらマザー・マヤのところのミニ・ニュークと考えるのが妥当だ。
  対応しているのは3人組だけではない、警備兵も保安官助手も対応しているのが目に飛び込んでくる。住民にしたって銃を持ってる、混乱はしているが、阿鼻叫喚って現状ではない。
  市長は呻いた。
  さすがにこれは想定外だろう。
  ストレンジャー2人はこそこそと何か囁き合っている。
  「あいつら、NCRのベテランレンジャー部隊か? 東海岸入りしてるのか? 何の為に……ちっ、こいつは撤退した方がよさそうだ。弱虫の方もこの状況だ、失敗した可能性があるな」
  「一時退こう。報告せねば」
  2人はこちらを一瞥、そのまま街の奥に消えた。
  マンホールから逃げる気か。
  あいつらはどうでもいい。
  「市長、追い出さなきゃだぜ、ドラウグールどもをよっ!」
  「ああ。行くぞっ!」






  その頃。
  リベットシティ。近辺。
  元評議員パノンは自分の護衛用にDr.ピンカートンに調整を依頼したアーミテージ型のアンドロイド5体に護られる形でリベットシティを脱出した。
  沙汰は出ていなかったが留まれば下層デッキ住人に落とされるのは目に見えている。
  彼にしてみれば死刑も同然だった。
  だから。
  だから接触してきた連邦のアンドロイドと手を組んだ。
  ハークネス隊長と瓜二つの、彼の試作タイプのアンドロイドに。
  パノンは馬鹿ではない。上手すぎる話を完全に、というか、全く信用はしていなかったが、その話を利用して巻き返そうと画策していた。
  「お先にどうぞ」
  「うん?」
  先導していた連邦のアンドロイドは立ち止まった。
  脱出は彼の差配。
  どういう手を使ったのかはパノン自身知らなかったが、連邦のアンドロイドが少しお待ちくださいと言った1時間後に警備状態はザルになった。リベットシティは混乱状態となった。
  その隙に逃げてきた、というわけだ。
  「後でまたお会いしましょう、そちらのアンドロイドのパターンを追って追いつきますので」
  「何かあるのか?」
  「追っ手、かは知りませんが、誰か来ます。……視界を遠距離用に移行……ああ、レールロードですね。数名の顔を記憶済みですので」
  「レールロード」
  アンドロイドに人権を、そう主張する団体。
  リベットシティは連邦のアンドロイドを鹵獲、修復し、現在評議員たち用のボディーガードとして運用している。故に最近レールロードがリベットに引き寄せされていた。
  「対処しますのでお先にどうぞ」
  「ああ」
  向かうべき場所は分かっている。パノンは別れ、先を急いだ。
  連邦のアンドロイドはその場に立ち尽くす。
  「パノンに逃げられたかっ!」
  息を切らせながら数名の男女が追い付いてきた。
  パノン失脚はまだ伏せられている。
  部外者であるレールロードが知る由もない。彼ら彼女らはアンドロイドの人権の為にパノンに対して直談判済んする機会をずっと伺っていた、そして追ってきた。
  「はあはあ、おや、あんたは……」
  そこまで言ってレールロード一同は口をつぐんだ。
  ハークネスと誤解している。
  だから、黙った。
  ハークネスはDr.ピンカートンに整形してもらい、記憶を変えてもらい、独立した人間となった。ハークネスの記憶が戻り、今ではエンクレイブ士官であることを知らない。
  ハークネスだと思い込んでいる。だからこそ口をつぐんだ。
  何故ならレールロードの支援で別人になったことを、ハークネスが覚えているわけないからだ。もちろん、実際には思い出しているし、状況は動いている、全ては過去だ。
  連邦のアンドロイドは口を開いた。
  「丁度いいとこに来た」
  「丁度いい?」
  「私は連邦のアンドロイド、お前たちが知っている奴の試作タイプだ」
  「はあ? 同じ顔のはずないだろ、あれはDr.ピンカートンに変えてもらった顔で……」
  「そう。彼しかこの顔にはできない。つまりはそう認識せよ」
  アンドロイドが拳を繰り出すとそれは容易に体を貫いた。
  レールロードは慌てるがそれも数秒の出来事だった。
  死体の山が積み重なっていく。




  数分後。
  レールロードの死体の山に到着した者たち。
  リベットシティのセキュリティ部隊。
  パノン脱走を知り、追撃して来た者たち。
  「な、何だよ、これ」
  「……た、助けて……」
  「おいまだ生きてる奴がいるぞ、スティムパックを持ってこいっ!」
  「……Dr.ピンカートン、奴が、奴が俺たちを殺し……」
  「おいっ!」
  こと切れている。
  セキュリティ部隊は沈黙していた、これは想定外のことだった。そもそもリベットシティの凶行も想定外。
  1人が呟いた。
  「こ、これは、報告した方がいいよな、それで……どっちに先にする? やっぱり……」
  「BOSに報告だ、何しろ評議会は権限を放棄したんだからなっ!」



  BOSの本拠地。要塞。
  通信室。
  一時期はスリードックがここから放送していたこともある。今は独立し、転居したが。
  「こちら要塞」
  通信が入り、ナイトが対応している。
  基本的に通信が入ることは稀だ。詰めるのは必ず1名以上だが、1名以上になることはない。
  「リベットシティか? 何だって……報告? そちらは独立して……はあ? 指揮権をこちらに委譲した? 知らん知らん、そんなの……非常事態だから指揮下に入るだって?」
  対応しているが事態をナイトは把握できなかった。
  言っていることが突飛過ぎる。
  一瞬悪戯かとも思ったが送信しているのは確かにリベットシティからのものだった。それは間違いないようだ。
  「待て待て、ゆっくりと説明してくれ。何だって非常事態に……はあ? Dr.マジソン・リーが射殺されたからだってっ! ちょっと待て、上司に、いや、エルダー・リオンズに指示を仰ぐっ!」